その日は前の晩から続いていた頭痛が治らなくて、
頭痛薬を飲んでしてもいっこうにとれない、首の付け根の奥からくる
鈍い痛みとともに一日を過ごすことになった。
母の誕生日。本人は朝から仕事で留守にしていたので
父と二人、車で2時間ほどの山へロープウェイに乗るために出かけた。
年に何度か私は一人で実家に短期滞在をし、父と母と三人で
ちょっとした小旅行にでかけている。 かれこれ8年くらいになる。
近場のロープウェイは旅行というのではないけれど、
10代から家業であった自営業を継いだ父は、50年以上も休むことなく、
どこへも旅行などしたことのない人で、60歳を越してからやっと
時間の余裕を持つことができたわけで、なんせいくら近くても
行ったためしがないのだから、”灯台下暗し” から始めるのも無理もない。
頭痛の鈍い痛みに支配された気分とはうらはらに、
すばらしくよく晴れ上がった清々しい天気だった。
それは、陽と陰、正と負、の表裏一体を象徴していることを翌日に知らされるとは
思いもよらなかった。
翌日は母のバースデーケーキを買いに父の車を借りて、
その足で仕事を昼一で上がるという母を迎えに行った。
そして母を乗せた街中の道で交通事故に遭った。 正確には事故を起こした。
とたんに雨が降り出した。
よく通るとはいえ、いつもの経路ならその道は決して通ることがない道。
しかも一時停止を怠ってしまったために起こった。
左から来た車に追突されてしまったのだ。
交差点に出てしまった以上、とっさにとったのは、
横から視覚に入ってきた車を避けようと思い切りアクセルを踏み込むという行動だった。
しかし間に合わなかった。
認識→判断→行動。 この間、時間にして2秒くらいだろう。
非常に困った話だが、警戒もなく止まるつもりもないときには
前に突き進んでしまうものだ。
なぜ一時停止線がこちら側に引かれていたにもかかわらず、
しなかったのか。 気のゆるみ・・・
魂が体に入ってなかったからだ。
幸いにして、相手も母も怪我ひとつなく、お互いの車がものすごい音とともに
へこんだことで済んだ。 相手の方は、私が取り乱したことと、自分がひとり
観光で訪れた地でレンタカーを借りた直後だったことに
ショックを処理し切れなかったのか、ただおろおろと、しかも淡々と現実に向き合い、
私に責める言葉をひとことも発しなかった。 それが救いだった。
若い青年に見えた。 言ってみれば事故に遭わされたのは彼なのに、
怒っているようでもなく、こちらを責めるでも、恨んでるようにも見えなかった。
なんだか、かなしげだった。
あれから2年半が過ぎ、代償に支払った高額な修理代も心の痛みも、
薄れてきた今になって思うのは、
あの時の相手の態度に救われたのかもしれないと。
事故からほどなく、覇気を無くしすっかり気落ちしていた時に
出会った言葉にはっとして、急に胸がスーッと軽くなった。
ある雑誌の、読者からの問いに回答者が答えるという相談コーナー。
奇しくもそれは同じように交通事故に遭った女性が心に傷を負って
現実に耐えられずに相談をしたケースだった。
「出来事に偶然はないのです。あなたとその相手の方はその時の波長が
合ってしまった。だから相手の方にも呼び起こす何らかの波動があったのです」
というようなスピリチュアルな答えだった。
それまでは、相手と親に対して申し訳なかった、という気持ちがずっとあった。
なので簡単に落ち込んでいた。
でもこのスピリチアルな言葉に出会ってからは、
「自分以外の他者の問題を引き受けることはできない、それは
この世でやってはいけないことのひとつだ」 と、考えるようになった。
本当に、この世に不必要なことってないんだなぁ と思う。
だってその交通事故がなければ傲慢な私のまま、気が付かなかったかもしれないのだ。
大切なことに近づくには、ある種の禊(みそぎ)みたいなものが
必要な場合もあるのだとわかる。
運転には心を置き忘れずに気合いを入れている私だ。
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