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2008年7月

ケア

 ケアとは、

「そのものが自然であるがままの状態でいるように

寄り添う在り方」

       田口ランディ   

    ― 鳥はみずからの力だけでは飛べない ― より 

                                                              

                  

「光(目的)が見えないときは、楽しいことを

やるようにしよう。

自分で楽しめないようなものが誰かの役に

立つはずがない」

       キャロル・アドリエンヌ  

       ― 人生の意味 ― より   

                                                             

 知り合いの、ある婦人(50代)は転勤族で、

やっとふるさとの地に戻ってきた矢先に、ご両親が

彼女を待っていたかのように要介護になったそうだ。

お母さんは入院し、認知症が発症した一人住まいの

お父さんを、四六時中介護に費やす毎日となった。

                                                              

しかもお父さんは、彼女のことを 「せがれ」 だと

思っているという。 娘だという認識はもうない。

テレビを見て 「娘って、いいものらしいなぁ」と、献身的に

身のまわりの面倒を引き受けている娘に向かって

おっしゃるそうである。

                                                              

しかし、彼女は明るかった。

もともとネアカの性格らしく、疲れてはいるものの、

やることなすことすべてを笑い飛ばし、”明るい介護生活” 

を送っているようである。

                                                                   

なんとも粋な話である。

やがては自分がその立場になる、その姿は将来の

自分である、と捉えているという。

人生の先輩の姿勢に学ぶべきもの、多し。

すばらしき仲間かな。

合掌。

                                                         

                                                   

 

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青い鳥

 知っていましたか。

日本全国の小中学校、高校の教室の黒板はすべて、

西にあるって。

そして必ず左から南の明るい陽を受けて授業するように、

南側は窓側。 校庭もだいたい南側に作られている

のだそう。                                                                

                                                          

 「青い鳥」  著:重松 清  新潮社   より

 青い鳥

 小学校高学年から中学の多感な、子供でもなく

大人でもない時期を過ごす人間を、一人の先生を通して

(一人の先生を軸にして)

描き出した作品。重松ワールドは圧巻。

中学生。

人間が誰でも抱える孤独を生まれて始めて感じる時期。

                                                           

たいせつなこと。

そばにいること。

ひとりぼっちにしないこと。

                                                          

吃音のその先生は、たいせつなことしかしゃべらない。

「ほんとうにたいせつなことはしゃべらなくてはならない」

「本気で言ったことは、本気で聞くのがあたりまえだ」 

「いろんな先生がいていい。いろんな生徒がいるのだから」

                                                           

神さまが遣いによこした伝達人かのよう。

寄りそい、そばにいて、心をひとりぼっちにさせない。

タイトルになった「青い鳥」の編で

生徒達の、なぜそんなことをするのか、どうしてなのか、

の問いに、”責任だ” の一言におさめられた力。

                                                            

自分の家族の話をまったくしないところがいいと思った。

その人の存在だけで、”間に合う”。                                                            

                                                      

この本を読んだ人、

(とくに中学生の子を持つ親の人)

『間に合ってよかった。』                                                               

                                                                    

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気づきと傷つき

 印象に残った本やいい映画を人に紹介するとき、

その相手の心の成長度合いを見極めなければ

間違った選択になることもある。

受け容れることのできる段階にあるのか、

全く違った価値観を持っている人ではないか。

                                                              

自分にとって、いい言葉だと思ったり感銘を受けた行動は

その時の自分の心の成長のレベルに合っていた

ということでもあり、タイミングが良かったということ。

また、その人の自尊心を傷つけるような物言いならば

逆効果を招く。

                                                             

正しいと思ったことを主張するときには、誰か(の自尊心)を

傷つけてはいないか、その人の精神の状態が

受け入れられるような言い方を選ぶことが出来るかで、

その後が決まるような気がする。

                                                           

気がついていないものを拒否することは困難であるという。

長い年月をかけて無意識に身についてしまっていることを、

”気づく” ということで大きく人生が変わる。

無意識の領域に光をあてて引き出してやることが

自分で自分を救う道となる。

                                                               

                                                                

自分で自分を励ますことができないと

人に対して(子供や自分の親にも)何ができよう。

自己啓発的な本でも小説でもエッセイでも、本を読むと、

その作業が手っ取り早くできる。

                                                       

参照: 「毒になる親」 スーザン・フォワード

                                                         

                                                         

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愛情のリレー

 親が愛情を表現し伝え、子が愛情を受け取ることが

できる感受性が育つこと、

幼少期にそれが出来ているか否かで、その後の

人生が多きく左右されると思う。

                                                          

秋葉原事件起こした犯人の根源には、

それが不足していたか、なかったか、のだと想像できる。

子供は誰でも乳幼児期はかわいい。

そのかわいい盛りが実は決定的な、人生の分かれ道

だと気づいて子育てをしている人は

どのくらいいるのだろう、と疑ってしまいたくなる。

                                                                

かなしいかな、今回のこの残虐極まりない事件で

考えることになった親たち、成人した子供たちは

おそらく随分いるだろうと察する。

事が起きた後に気づかされ、見直されることが多い。

幼少時期の家庭環境と、その時の親の心理状態は

のちになって子供に表れる。

                                                                

それが、その人がその人生で背負い、学ぶべき

試練といえるのかもしれない。

人は誰でも、その人に必要でふさわしい試練を

背負っているのだとおもう。

だから、誰かをうらやんだり、妬んだり、さげすんだりを

することなど何の意味もない。

                                                           

愛情不足が、こころの遣り取りの不足が

とりかえしのつかない惨事につながっている。

親がどのような心理状態で自分が育てられたのか、

どんな環境を与えられたのかを自覚するのに

役立つ本は沢山出版されている。

                                                                

何らかの理由で愛情を受けられなかった人は、

他人事とは思わずに少しでも早く気づいたら

世の中は少しずつ変化していくのではないだろうか。

この世で起こる全てのことは繋がっているのだから。

ひとつ変化すると別のひとつが変化していく。。。

                                                      

                                                          

                                                           

                                                                  

                                                             

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